2022年11月に読んだ本



方方『棺のない埋葬』(訳/渡辺新一)

土地改革に翻弄された家族とその子孫の記憶をめぐる物語。隠された父母の物語ももう知りたくないと思う人、忘れ去られていく歴史を正しく記録しておくべきだと思う人。互いの決断をリスペクトしながら交錯する、この物語が今この現代に持つ意味は大きいんじゃないかと思う。「個人は記憶する必要はないですが、歴史と民族は記録することが必要です」というのはあとがきの著者の言葉。当事者/非当事者の互いへの思いやりのようなものも感じる。歴史の分断を経験したという意識が中国は強いのかもしれない。一方で歴史と向き合いたくないという気持ちばかり増幅する今の日本の社会についても考えさせられた。不都合な歴史が隠されるのはどの社会でもありうることだけど、そうさせないのは歴史を知ることと学ぶことの意味や意義を社会でちゃんとシェアできているか、やっぱり教育の問題なのかな…ということも考えた。

歴史について、何より今語られるべき物語だった。

本作は本国では回収済みとのこと。

 

 

キム・エラン『走れ、オヤジ殿』(訳/古川綾子)

「海辺でやたらと花火を上げるのは誰だ」がとても好きで何度も読み返した。亡き母との思い出話を父にせがむ少年。詩的な言葉の連なりをぶった切る「嘘だ」に笑ってほろりとする。

 

 

ヤン・ヨンヒ朝鮮大学校物語』

 

『スープとイデオロギー』を見たポレポレ東中野にて購入。なんとなく未読だったのだけどNHKヤン・ヨンヒ監督のドキュメンタリー見た勢いで一気に読んだ。特殊で厳しいルールの中で自由な魂を持ち続けることは素敵だけどあまりに苦しい。またほぼ現実をトレスしてると思われる、日本社会における在日朝鮮人朝鮮人学校への差別の描写がエグかった。

監督にとって表現方法は手段なんだなって思う。カメラを向けられれば映像で撮るし、カメラを向けられなかったり監督がその場にいなければ、実写フィクション、アニメ、小説、とその手段でしか見られない景色を見せてくれる。だからこの物語も小説だから描けるシーンがたくさんあった。

https://twitter.com/jamko29/status/1589160211872641025?s=20&t=dkGQiBtQGaubFIqRa__d8A

 

 

中村きい子『女と刀』

 

キヨさん、キャラが強過ぎてまあ煙たがられるだろうな…と思う笑 でもやることなすことぴしっと筋が通ってるし、なにより人生について深く考える様がかっこよくて痺れるんですよ。

刀はないのでせめてこの本を枕元に置いておこうか…

あと薩摩の田舎から見る明治大正昭和初期の激動の日本が新鮮。なんだかんだいって敗戦してやっと身分制度が崩れたんだなぁとか。歴史や物語も中央を舞台にするものが多いけど、田舎はまるで別世界。

 

 

ミア・カマンスキ『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』(訳/末延弘子)

面白かったー!枕草子が好きすぎるフィンランド人ミアさんが京都まで来てセイこと清少納言を追い求める。読みながら一緒に旅してるようですごく楽しかったし、私も清少納言のことが好きになってしまったな!

清少納言平安時代に思いを馳せるだけでも楽しいけど、ミアさんの旅行記としてもほんと面白い。暑すぎて寒すぎるゲストハウスの日々はおかしいし、京都の隅々まで自転車で駆け抜ける行動力にも驚く。そしてミアさんは東日本大震災のときも京都にいた。それぞれに大変だった日々を思い出したりした。

作中でヴァージニア・ウルフ源氏物語への書評の話が出てきて、文藝の源氏物語特集号に掲載されたのを読んだことを思い出した。また枕草子といえば『枕草子のたくらみ』が面白いのでまた読み返したくなった。英訳版があればミアさんにお届けしたい…!

あと枕草子源氏物語は直筆のものは一枚も残ってないのに道長日記は全部あるとか、平安の才能ある女性作家たちがいかに悪様に語られていたこととか、大英図書館枕草子を検索したらポルノばっかり出てくるとか(なぜ!)、女たちの物語が軽く見られてきた長い長い歴史についても考えさせられる。

訳者さんのあとがきによれば本書は本国フィンランドで評判が良くたくさんのメディアに取り上げられたそう。枕草子清少納言について詳しく知るフィンランド人が増えると思うと面白いね。

 

 

カミーラ・シャムジー『帰りたい』(訳/金原瑞人、安納令奈)

最愛の家族がISに入ってしまったら?

勧誘に引き込まれてしまった弟の心情とそれを知った姉たちの絶望。そこにムスリム系の大臣とその息子が関わったことがイギリスを揺るがす事態に発展していく。引き込まれてほぼ一気読み!

作者のカミーラ・シャムジーさんはパキスタン生まれ、アメリカで創作を学び英国に移住し英国籍を取得してる。国という権力にあっさりと国籍が奪われる恐ろしさは小説にも描かれていたが、著者本人の経験が元になっているそう(訳者あとがきより)。

 

 

木村紅美『あなたに安全な人』

担任した生徒が自殺した過去を持つ女性、沖縄基地反対派の女性と揉み合いになり怪我をさせたかもしれない男性、コロナ禍で都会から引っ越してきて白い目で見られ孤独に亡くなった男性。全く無関係の3人がクロスする地点、この殺伐感があまりに今の日本。

自分にとって「安全な」場所で気付けば誰かを踏んでいる。自分が誰かにとって「安全」でない人になっている。そして取り返しのつかない痛みが自分の中にも残り続けるのだ。

 

 

茨木のり子『個人のたたかいー金子光晴の詩と真実ー』

同じ詩人である茨木のり子による金子光晴の評伝。波乱な人生そのものがもちろん面白いのだけど、やっぱり真骨頂は戦前や戦中、全体主義が文学の世界にも襲いかかるなかでも抵抗者であり続けたこと。「寂しさの歌」を何度も読み返す。

 

 

茨木のり子『貘さんがゆく』

同シリーズの金子光晴の評伝が面白かったので続けて沖縄出身の詩人・山之口貘の評伝も読んだ。「朝鮮人・沖縄人お断り」の張り紙が出されるような時代に上京し、貧困暮らしでありながら亡くなるまで飄々とした詩人であり続けた人。生涯で4冊の詩集だけを残した。あからさまな反戦詩は書かなかったが賛美詩も絶対に書かなかった。戦争による生命軽視をネズミの死で風刺した「ネズミの詩」は検閲にも見抜かれなかったそう。

茨木さんによると貘さんは〈時代からの影響を受けることのすくなかった詩人〉であったことが同時代を生きた宮沢賢治と似ているそう。

このシリーズの良いところは詩も収録されているところ。評伝と併せて読むと理解が深まる感じがする。

 

 

アニー・エルノー『嫉妬/事件』(訳/堀茂樹・菊地よしみ)

著者は今年のノーベル文学賞を受賞。初読みです。

『嫉妬』は別れた恋人の新しい恋人への偏執的な興味を、『事件』は中絶が違法だった時代に中絶手術をした経験を描いた短編。『事件』は映画化され来月公開される。

訳者あとがきで「人工的」ではない文体について指摘があるけど、たしかに視点は彼女自身でその内面にも深く踏み込むのにドキュメンタリーのような乾きがあってその文体に引き込まれた。井上たか子氏による『事件』および世界と日本における「中絶」についての解説もわかりやすくてよかった。

『事件』を映画化した『あのこと』はヴェネチア映画祭で金獅子賞を獲った。こちらオンライン試写にて観賞。いつまでたっても「女の問題」扱いだった中絶問題に正面から向き合ったこの映画が評価されたことが嬉しい。この映画を見た人はきっと想像できると思う。望まぬ妊娠をするということがどれほど恐ろしいことか。アニー・エルノーの文体をなぞるような映像表現。 ただ知ってほしい、という強い意志を原作からも映画からも感じた。

gaga.ne.jp

 

 

東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典』

TLで見かけて面白そうだったので読んでみた。執筆者の面子がすごい。やたら国威や戦争と結びつける石原慎太郎、競技に夢中な三島、政治介入とナショナリズムの行方を憂う小田実、秋晴れの開会式に雨の学徒出陣を思い出す杉本苑子

「原爆の子」がつとめた聖火ファイナルランナー、アフリカからやって来たたった数人の選手団、直前で帰国となった北朝鮮インドネシア、記録映画のこと。大河ドラマ・いだてんを久しぶりに見返したくなった。2020は作家さんの観戦記などあったんだろうか…

そういえば北野武の自伝的小説「足立区島根町」で10代だった自分から見た東京オリンピックを書いていてそれも面白かったということを思い出した。

 

 

高橋源一郎『たのしい知識 ぼくらの天皇憲法)・汝の隣人・コロナの時代』

先月読んだ『ぼくらの戦争なんだぜ』が面白かったので。話題は多岐に渡るが、アナキスト金子文子、日本で獄中死した詩人・尹東柱、そしてハングルを学んだ日本の詩人・茨木のり子についてのトピックが興味深かった。

 

 

木下龍也『オールアラウンドユー』

短歌集を初めて買った。木下さんの短歌、好きだなぁ。

 

 

以下は文芸誌、青空文庫などから読んだ短編。

・小川哲「神についての方程式」(文藝2022冬号)

面白かった!地球最後の宗教についてのSF短編。宗教が科学と結びつくと強いというのはめちゃわかる一方、不合理だからと宗教が途絶する未来はなかなか想像がつかない。「大断絶」に何があったのか気になる。小川さんの宗教テーマにした長編読みたいな!

 

・王谷晶「てづから」(文藝2022冬号)

自分と違うことへの怒りや不寛容が他者への攻撃に転じてしまう人が主人公。〈誰もが思っていても言わないことを言ってやった。〉

自分の価値観に縛られ他者の表面しか見ずにこき下ろすことの無為。それが無視することのできない目の前の現実なのがしんどいなぁ。

 

 

 

太宰治富嶽百景」「姥捨」「満願」「灯籠」「惜別」「散華」(青空文庫

高橋源一郎『ぼくらの戦争なんだぜ』で太宰が戦時中に発表した小説として紹介されていた「満願」「惜別」を含めて初期の作品をいくつか。評伝などと合わせて中後期の作品も読んでみたい。

 

・原田皐月『獄中の女より男に』(青空文庫

堕胎の罪に問われた女の手記。「児の為に児を捨てた」と言う女に裁判官が激昂して危険思想だ人類の滅亡だと言い募る。それに対する女の「人類があつてから私があるのではありません」という返答に胸がすく。このテクストを機に堕胎論争が起きたそう。